土佐 日記 帰京。 帰京「土佐日記」 解答/解説

日記 帰京 土佐

家に預けておいた人の心もこの家と同じように荒れはてているのだったよ。 その折に思いついたことを少しだけ書き留めておく。

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日記 帰京 土佐

」「今夜、こんなありさまだ。 き=過去の助動詞「き」の終止形、接続は連用形 や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。 せ=使役の助動詞「す」の未然形、接続は未然形。

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日記 帰京 土佐

うれし=シク活用の形容詞「うれし」の終止形、うれしい。 とにもかくにも、こんな日記は早く破ってしまおう。 【序文(背景)】 貫之は930年に土佐守となり、土佐国に出向を命じられます。

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日記 帰京 土佐

さて、池みたいにくぼんで、水のたまっている所がある。 都に足を踏み入れてうれしい。

日記 帰京 土佐

当時の日本は天皇親政から摂関政治へと移行し、藤原氏による権力の独占が始まった頃です。 ほんの短い区間に過ぎない徳島から大阪間の船旅も、当時は危険なものでした。

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日記 帰京 土佐

(池の)ほとりに松もあった。 「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。 見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや 死んだあの子が千年の寿命がある松のように生きていて、身近に見ることができるとしたら、どうして(遠い土佐の国で)永遠の悲しい別れをしたのだろうか(そんなことはしなかっただろうに)。

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(この様子だと家だけではなく)家を預けていた人の心も、荒れているのだなあ。 これが、土佐日記の冒頭文の解釈を大きく変えるカギとなるのです。

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日記 帰京 土佐

思ひ 出 い でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、 (そういったものなど見て)思い出さないことはなく、恋しく思うことの中に、 この家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。 職業柄なのだろうか、国の人との心の常としては、「今は顔を見ることもできない。

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日記 帰京 土佐

身分の上下に関係なく、子供までもが酔っ払って、1文字さえも知らない人が足で10の文字を書くように遊んでいる。 たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 それなのに、機会のあるたびに贈り物を(管理のお礼として)絶えずあげてきたのだ。 不明な点を尋ねることも不可能です。